Q. なぜ日本語教師はボランティアで教える形が多いのでしょうか。国内でも海外でも日本語を教えるのはボランティアという形態が多いようなのですが・・・有給の職があっても非常勤とかパートタイムが多いようですが、やはり日本語教師というのはそのようなものなのでしょうか。


A. はい、日本語教師はボランティアが多いのは、主に日本語の需要の低さと需要側の事情によるところが大きいです。

試供品としてお試しいただく必要がある日本語

まず日本語ですが、英語などと比べ、マイナーな言語であり、世界的にも話者数が少なく、需要が少ないです。

また、近年の少子高齢化と日本の人口減少、そして日本の経済力の低下と中国他新興国の隆盛などから、今後も日本語の需要が大きく拡大することは期待できません。(→下記世界人口に占める日本の人口比参照)

そうした背景から、日本語は「まずは試供品的に配布してお試しいただく」アプローチが必要な言語なのです。そのため、ボランティアは、試供品の街頭配布のごとく、日本語を格安で配布する前線部隊として貴重な役割を担っています。

需要側の事情

次に、需要側の事情についてですが、需要側というのは、日本語を学ぶ学習者、つまり生徒さんとなる外国人のことで、以下、
(1)アジア(日本国内含む)
(2)欧米圏
に分けてご説明します。

(1) 物価・平均所得が低いアジア

こちらの今後、日本語教師の需要と将来性がある国の日本語学習者数ランキングにもあるように、世界における日本語学習者というのは、来日している外国人の学習者も含めると8割9割がアジアの人々です。(欧米圏ではあまり日本語の需要はありません。)

アジア圏の諸国は総じて、発展途上の国が多く、その物価および平均所得(月収や年収)が日本よりも低い国がほとんどで、場合によっては日本の何十分の1の経済格差がある国も少なくありません。
実際、各国の人々の、平均月収を日本円に換算すると、手取りで、

各国(主にアジア)の平均月収-日本円換算

・韓国(ソウル):140000円
・中国(香港):95000円
・中国(北京):30000円
・中国(上海):40000円
・タイ(バンコク):30000円
・インド(ムンバイ):25000円
・シンガポール:110000円
・ブラジル(リオデジャネイロ):60000円
・ロシア(モスクワ)75000円
・メキシコ(メキシコシティ)40000円

といった状況です。(これらは2007年の「プレジデント」12月号などのデータですので、現在は若干、所得は上がっていっていますが、それでも(一部の富裕層を除き)日本よりもかなり所得や物価が低いことには変わりありません。)

そうした国々で、日本語を教える授業料として、一人あたり年間100万円とか、50万とか60万円とか徴収できるでしょうか?「無いものは無い」ので、実質、困難です。
よって、アジア各国で日本語教師をする場合、日本円にして月5万円~10万円程度の月収になる場合が多いです。

また、そうした国々から日本に難民のようにしてやってきた人々も、生活が困窮しており、高額な日本語の授業料を支払うことができません。結果として地域の無料もしくは安価に提供される日本語教室などで、日本語を学ぶことになり、ボランティアが必要となってくるのです。

また、日本国内の日本語学校においては、年間の授業料を50~70万円程度徴収している所もありますが(うち15万円程度は現地の斡旋業者に支払われます)、これは現地の人々にとってはかなりの大金であり、多額な借金を組んで来日するため、彼らの主目的は「日本語」ではなく、「就労」となってしまい、日本語教師は就労ビザ発給のための形だけの存在になってしまうことが多くなります。
人手不足のための就労人材斡旋のために、日本語学校を作っている企業もありますので、「形だけ」の存在である日本語教師には、あまり人件費は割きたくないのが実状です。(来日した彼らが就く仕事は、必ずしも高度な日本語を必要としない単純労働的なものが多いのです。)

では一人あたりの授業料を低く抑えられるほど/回転率を上げられるほど日本語の需要があるか(日本語学習者が多いか)というと、そこまで日本語の需要はないのが現実です。世界でも「日本語はマイナーな言語であること」、そしてカタカナ、ひらがな、漢字が入り乱れた「難しい言語であること」を肝に銘じておかなければなりません。

例えば、英語ができると、イギリスやアメリカだけでなく、広く世界で通用する可能性はありますが、日本語ができても、それはあくまで「日本に関わる部分のみ」でしか活用できません。「日本語の用途」は非常に限られているということです。

それでも地理的・経済的に日本との関係が強いアジアの人々は日本語を学ぶことによって、将来、少しでも就職に有利になる可能性がある、生活が豊かになる可能性がある、という動機から、日本語を学習しています。そうした人々に対応するために、半ば慈善事業的な要素も持ちながら日本語学校は運営され、日本語教師は日本語を教えています。
そのため、日本語教師の有給フルタイムの職は少なく、パートタイム的なポジションでも十分まかなえるくらいの需要しかなく、また、「持たぬ人」にはボランティアとして日本語を提供せざるをえない状況になっているわけです。

それでも日本語を教えることによって、その国が豊かになり、将来のさらなる日本語の需要及び日本経済への還元につながれば、無償ボランティアでも決して無駄ではなく、教え続けている限り、何かしら将来へつながる可能性は秘めています。
日本語という語学は何かを伝えるための手段であり、目的ではありませんので、必ずその先の何か、につながっていきます。ボランティアで日本語を教えることは、例えば街角で無料で配布されている試供品と同じと考えることもできます。

(2) 欧米圏でもなぜボランティアなのか

では「持てる国」・・・日本と物価価値や所得が同程度または日本以上の欧米圏での日本語の需要はどうなのでしょうか。

残念ながら欧米圏では日本語の需要はあまりありません。「あまりありません」と書くと淡い期待を持たれる方も出てきてしまうかもしれませんが、アジアを含めた全体からみれば、欧米圏での日本語の需要は皆無に等しいといって過言ではないくらい需要は少ないです。少なくとも日本語教師1本で欧米圏で自立・生活していける人は、欧米圏で日本語教師を希望する人の数百・数千人に一人の割合でしょう。

なぜ欧米圏での日本語の需要が少ないか、というと(日本との地理的な距離感もありますが)ひとえに英語や欧州の言語ができていればとりあえず生活は足りている、強いて日本語を学ぶ強迫的な必要性がないから、というのが一因です。

また、欧米圏の主要各国はどこも高い失業率に悩まされており、例え日本語を教える職に空きがあったとしても、わざわざ外国人である日本人にそのポジションをあてがうことはしません。まず、その国に住んでいる人を優先して日本語教師の職もあてがいますし、そもそも欧米圏に住んでいる日本人はたくさんいるどころか、すでに国や地域のよっては飽和状態です。
そのため、アメリカやイギリスなどが最たる例ですが、ボランティアであってもビザ認可が非常に困難になっています。

欧米圏でも環太平洋のオセアニアに属し、アジアとの強い経済的・文化的なつながりがあるオーストラリアやニュージーランドでは比較的日本語教育などは盛んではありますが(しかしそれもピークは過ぎ、最近は中国語教育に取って代わられようとしていますが)、そんなオーストラリアやNZの学校でも、学校予算が非常に厳しいところが多く、日本語教育に何人も日本語教師を雇う余裕もないため、日本語教育を削減・廃止したり、無償ボランティアが来てくれるのであれば、なんとか日本語クラス枠は維持する、といった風前の灯の日本語クラスのある学校も少なくありません。ここでも何とか無償の日本語教師のボランティアが、日本語教育を引き止め、維持運営させているといった実状があります。

世界人口に占める日本の人口比

言語の人気、言語教育というのは、経済に比例します。例えば、日本が経済的に強ければ、日本語ができればビジネスにも役立ち、生活・収入にも直結するので日本語学習人気が高まりますが、日本が経済的に弱まれば日本語人気も衰退していきます。

世界人口に占める日本人の割合
前述のように日本語は基本的には日本にいる日本人が主な母語者人口である、というマイナーでユニークな言語ですので、基本的に日本の人口に、世界に占める日本語話者は比例します。

右図のように、世界人口は2006年には65億人でしたが、現在では70億人を突破し、2045年には90億人を突破すると言われています。一方、日本の人口はというと、徐々に1億人を切るような減少傾向ですので、世界に占める日本語話者及び日本経済の覇権力及びそれに伴う日本語人気というのもどんどん小さくなっていき、今後、日本語というのはますますニッチな世界になっていきます。

これから日本語教育がどうなるか、日本に対する外国人の意識がどうなるか、はまずは文化交流の最先端で草の根交流で種まきをしているボランティアの日本語教師のみなさんにかかっていると言っても過言ではありません。上記の事情をふまえ誇りを持って日本語ボランティア活動に臨んでいただきたいものです。

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